この1ヶ月半は忙しかった。
でも、仕事や家事、雑事に追われているようでも、きちんと自分と向かい合ってもいたみたい。
・・・・・・というのは、最近、星の動きと同調するかのように「切り替わった感」があったのだけど、
それがなんなのかがjこの忙しい時期でもわかりかけてきたから。
そして、「この自分が楽」「この自分が自分らしい」としみじみ感じて生活している。
それは、「とてもみずがめ座っぽい」とでもいうのだろうか?
ちょっと「ハスに構えている」とでもいおうか?
「自分は自分でいいじゃん」という開き直りみたいな感じである。
一体、誰が、自分の奥の奥の可能性まで読みとることができるのだろう?
人が人を判断する・・・・・・・それはとても恐ろしいことだ。
「あの人はだめ」「この人はいい」
それはその人の主観でしかない。
もっとも、行動の基準はある。
マナーを守ること、譲る気持ちがあること、感謝の心があるかどうか、あいさつができるかどうか。
聞く耳をもっている人かどうか・・・・・などなど。
でも、人が人を判断するって、そんな程度じゃないだろうか?
私はいつのころからか、人の評価や判断をとても恐れてしまっていた。
「あの人はダメ」
そう言われないように生きてきてしまった。
子どもができたら、その子どもの育て方まで評価されてるような気分に陥っていた。
でも、評価を恐れていたら自分らしさはでてこないのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
むか〜し、高校時代、弓道をやっていた。
1年の頃は端にも棒にもひっかからないような感じで、OBにも先生にも教えてもらえなかった。
でも、なぜかその時の私はこう思っていた。
「大丈夫。コツコツ練習していれば、きっとうまくなる。私は大器晩成なんだから。」・・・・・・と。
なんの根拠もないのだけど・・・・・・・・(笑)
でも、その思い通り、3年になるころには、レギュラー選手になり、すべての試合にフル出場を果たし、二段も取得。
県大会では遠的で準優勝した。
私がこうなることを2年前はだれ〜も見抜けなかったのだ。と思うと、ちょっと愉快な気持ちになった。
そんなことを最近になって再び思い出した。
自分のことを自分自身が信じてあげること。
そうすると、自分はすごい力を発揮するのではないか?
あのころは、純粋に自分の力を信じていた。
だから、あの場所にたどり着けたのではないか?
今まで人の評価に右往左往していたから、ちっとも楽しくなかったのではないか?
そんなことを考えていた。
現在、ちょっとハスに構えている自分の存在。
そんな自分を別の自分が眺めつつ・・・・・・面白いなぁと思っている。
自分の中のみずがめちゃんの夜明け・・・・・みたいなそんな感じ。
なんとなくだけど、最近、「そうそう!わたしはこれがやりたかったのよ。」というヒントをたくさんもらっている。
そしてかなりうきうきしているわたしがいる。
そして、そのためにはどんなことが必要なのかもだんだんわかってきた。
先日、「かたくなだと損をするよ」っていうたぐいのことを書いたけど、それは自分自身に向けてのメッセージでもある。
実は、いままで「けっ!」とか思っていた人がいた。
どうもわたしはすぐ優劣を付けたがるのが悪い癖で・・・・・・(汗)
でも、純粋に「これが好きなの、やりたいの」と思ったら、それに対して、優劣つけたり、「こいつには関わりたくない」とか「負けたくない」と変なプライドを持ったりすることは、「あほらしいなぁ」と思う。
なにより、純粋に好きなら、そんな感情は湧いたりしない。
なんかどこかのテレビでやっていたけど、プロ選手がすごく努力しているのを見て、一般の人は「すごいなぁ。自分にはできない。」と思ったりするけど、プロ選手自身は楽しくて、好きでやっているから、努力しているという感覚がなかったりする・・・・・・みたい。
そうなんだよなぁ。
こうやって、自分のいろんな癖や態度に気づいていくのでありました。(笑)
今まではライフスクール一本で、自分固めをしていたけど、もうちょっと違う世界を見てみるのにも、いい時期なのかもしれない。
否定的に見ていた技法や方法の中にも、なにか光がみえるかもしれない。
・・・・・・・は、片づけ。
とにかく、なにをすっとばしても、これ。
これが終わってないと、なにもはじめられない。
とりあえず、エンジンかけるために、ビーエッセンス飲んで、意図をしっかり整えて、「やります」
5月末までがメドだな。
| HOME |
▲ page top