最近、お母さん業がなぜ疲れる(or辛い)のか・・・・・という自分なりの結論が出ました。
それは、「多様な人間関係に対応しなくてはならないから。」
もし、子供がいなくて、自分(と夫)だけの生活だったら、会社でも、プライベートでも比較的気が合う人とつきあいますよね?
会社で直属の上司とか同僚と気が合わないという悩みもあるだろうけど、「ばかやろ〜」と思い、割り切ることが多少なりともできます。
つきあいも、「ビジネス上だけ」と割り切ることもできます。
でも、お母さんになると、目の前に現れている人が気が合おうと合うまいと、つきあわなければならない必然性がどうしても起こってきます。
そして、占星術でいう太陽(公的な自分)の部分ではなく、月(私的な自分)の部分でのおつきあいだからよけいに辛いと感じるのです。
気の合う仲のいい友達だったら、「AといえばB」というツーカーの答えが返ってきます。
だけど、「A」と発言することに「何それ?ばっかじゃない?」という答えが返ってきたら、ちょっとドキッとしますよね。
お母さん業をやっているとそんなことは日常茶飯事です。
だからこそ、鍛えられるというか、「しっかりと自分の核を持たないと変になりそ〜」と思うのです。
以前の私は、相手のニーズをつかんで、そのニーズの通りに動くのが得意でした。
だからこそ、会社では認められてきたのです。
でも、母の世界では通用しなかった。
Aさんのニーズ、Bさんのニーズ、Cさんのニーズ、これらが90度や180度であったなら、自分はどうすればいいのですか?
そして、結果はこうなります。
「あの人は、こうもりさんみたい。自分の主張がなくて、あっちにもこっちにもいい顔をしている。」と。
さすがにここまでは行きませんでしたが、自分が混乱していた時期を過ごしていたのは事実です。
そして悟りました。
「多少、アクの強い人の方が、『あの人はあんな感じ』と受け止めてもらえるのだ。」と。
こういう言い方をすると語弊があるので、言い換えますが、
「しっかり、自分のやり方、自分がこうすれば居心地がいい、こうするのはいやだ。こういう認識をしっかりともっていること」が大事なんだと思います。
たとえば、子供の友達がうちの冷蔵庫を(勝手に)開けちゃったとき・・・
「おばちゃんちは、聞いてからじゃないと空けられないの。勝手にあけられるのはおばちゃんはいやなんだよね。」ときっぱり言う。
「これはいいけど、これはだめ。」という基準がしっかりしている=自分の核がしっかりしている・・・・・
これが大事なんじゃないでしょうか?
相手のニーズも、「ここまでは受け入れるけど、ここから先はダメ」と。
これは、自分自身の子供にもかなり有効です。
(基準が曖昧だと、子供が混乱しますよね。あのときは何も言われなかったのに、こんかいはしかられたなぜ?????って感じで)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
思えば私は20代前半までは、ちょっとエキセントリックなキャラで通していたっけ。
30代になって、母=「まともにならなきゃ」と思ったところから、ちょっと掛け違いが起こってしまっていたんですね。
なんだか、ようやく今、螺旋階段を上ったような心境です。
位置的には同じ位置なんだけど、段階は1段上に上がったような・・・・・・そんな感じです。
そしてこういうしんどい時期があったからこそ、そういう時期を真っ向勝負で乗り越えたからこそ、
「子育ていいな」「子育てをすることで、自分が成長できた。」「専業主婦でよかった。」と思えます。
これから、子育てをする人、子育てまっただ中の人たちに、私はこんな風にエールを贈りたい。
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