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捨てるモノ捨てないモノ

昨日の土曜日は仕事もなく、子どもの習い事の送り迎えのみだったので、送り迎えの合間に庭の手入れをした。

気がつくと、草がボウボウで・・・・・・


そんな中、今回は、いつの間にかどこからか種がとんできて、大きくなってしまった「さざんか」を抜くことにした。

実はこれ、4,5年放置していたもの。

最初のうちは「かわいいし、せっかく飛んできてここに芽吹いたのだから」と思って放置していた。
でも、どんどん大きくなって、周囲に迷惑をかけるほどになってしまっていた。


私はこういうところが「くせ」でもあるんだけど、「せっかく飛んできたんだから」とか、「こんなに大きくなったから」とかって、変に情けをかける傾向があって、結局それが自分の首をしめることになることがしばしば。

フラワーエッセンスで師匠の「雑草という草はない。」というお言葉に偏った反応を示し、「そうか、むやみに抜いちゃいけないんだ。」などと思っていたお馬鹿なワタシ。


でも、ここにきて「ふっ」と気づいた。


「これ」が自分のスペースを侵していて、これを見ることが居心地がよくないことだったら、ムリして残すことはないんじゃないか・・・・・と。


そして、相当苦労して、「さざんか」さんを引っこ抜いた。(ごめんね。もっと早いうちに抜けばヨカッタ。)
向き合わないで放っておくと、どんどん状況が大変なことになる・・・・・ということの象徴的な出来事だったかも。(汗)


不思議だったのは、抜く作業をしながら、なぜか、腰の深層部の硬いところが反応していたこと。


このさざんかが生えた時期といい、腰を痛めた時期といい、ちょうど「同じころ」だったかも。
そして、抜こうとしているのは、「さざんか」だけでなく、ワタシのこの「考え方のくせ」なのかも。

そんなことを思った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


思えば、「里山」がすべての生き物にとって、居心地いい空間であるのは、人間の手が入っているからだ。
下草を刈り、日当たりを遮る木は切る。
そして、結果的にそのことが生きた森をつくることにつながる。

逆に自然のままにした森は、一部の木だけが繁殖し、ほかの木を死活させ、日もあたらないくら〜い空間になることもある。


そう思うと、ワタシが変に「自然のままがいいかな」と思ってやってきたことは、あんまり有効なことでもなく、手間が増える結果になっていたわけだ。


なによりも、芝生の上に、雑草がボウボウだと、それだけでがっかりする。



自分にとって何が必要で何がいらないものなのか。

いろんな人のアドバイスを素直に受け取ることも必要だけど、自分の頭やハートで考えることも大事だなぁと今は思う。


もっとも・・・・・・・数年の修業がなかったら、こういうことにも気づくことはなかったと思うけど。

些細な日常だけど

ちょっと仕事がたてこんでいて、心がささくれ立っていた。

今朝、仕事へ向かうときにちょっと早めに家を出て、途中の本屋で立ち読みをすると・・・・・・

その本の中に、心がほっとする一言が書かれていた。

すこし心がなごんで仕事へ行き、また、ちょっとイライラしていたその時、

「プライベートではいいけど、仕事ではあんまり一緒に仕事したくない」とおもっていた友人の一言にいい意味で「はっ」とした。


なんだか私、「おかげさまで」という気持ちを忘れていたんじゃなかろうか?


自分を強く見せようとしたり、相手に入り込まれないようにと間違った力の入れ方をしていたんじゃなかろうか?


弱さと迎合。
バウンダリィのあいまいさ。
自己主張。
自分のスペース。
傍若無人。
プライド。
相手を非難する気持ち。


そんなことがもろもろごっちゃになっていたみたい。


忙しいと「自分のくせ」がこんなにあからさまになるんだな。


でも、いろんなところで、そのことに気づくようにヒントをちりばめてくれている。

そういうのに気づくたびに、「ああ、世界はメッセージに溢れている。」と思う。



朝、立ち読みした「小林正観さん」の本にあったように、「与えられたことを淡々とありがたく」受け取って仕事していこうと思う。

覚え書き

自分自身の覚え書きです。


昨日、ぼ〜っとして横たわっていたときに、ふと思いついた言葉で、一晩寝たらけっこう大事かもと思えたので書き留めておきます。


「しがみつかない」


すべてのことにしがみつかない。

自分のものだと思いこまない。

これらはすべて、神様から与えられたモノ。お借りしているモノ。

そして、すべての扉が自分に開かれているわけでもない。

何かがやってきても、それはすべて自分が受け取らなくてはいけないのではなく、断る権利もあるということ。


すべては流れの中にあって、自分は淡々とその流れを受け取ったり、見送ったりしていく・・・・・・すべてのことはただそれだけ。

流れを滞らせないこと。

しがみつくということは流れを滞らせることと同じ事。

オトナになった?

昨日、仕事上でいや〜なことっていうのは、一緒に働いている人にチクリと嫌味を言われたこと。

いや、基本的にはいい人なんだけど、最近、プライベートで忙しくて疲れているらしく、よくはけ口にされてしまう>わたし


たいていは聞き流していたけど、昨日は私が生理がはじまったこともあって、むくんでだるくて頭がぼ〜っとしていたので、ちょっとこたえた・・・・・・・


でもね、数年来、心身統合療法で取り組んでいることの成果だなぁ。と思ったのは、「別に私は悪くない。」「あの人、かわいそうだなぁ。」と昨日も今日も思えていること。

思い出して「カ〜」っと頭に血が上らない自分がいたことに驚くと共にうれしかった。



彼女は最近、結婚して来月新婚旅行に行くのだけど、すでに生活に疲れているみたい。

もともと「ほんとに好きで結婚したんかい?(仕事を辞める口実を作りたくて結婚した節がある。)」と思えるようなところがあったので、私的には「ああ、結婚しても、仕事をやめても、それはそれでストレス満載だろうなぁ。。。。。。」と思えてしまう。


だから余計に「気の毒だ」と思えちゃうんだよね。


たま〜に(ほんとにたま〜に)やってくる「ストレスのはけ口>嫌味」は、バウンダリィを張って、遠いところで受け流しているから、一日寝るとほとんど忘れている。
(昨日だけ、バウンダリィを貼り損ねて失敗した。)

昨日はぐったりして寝た(体調も悪かったので)のだけど、リキャップのおかげかなんなのかわからないけど、起きてからそのことを思い出そうとしても「あれ?なんだったけ?」とすぐには思い出せない。
(あえて、深く思い出そうともしてないけど^^;)



今私がやっていること(ヒーリングの勉強)って、ヒーリングだけでなく、人生全般に使えるところがとってもいいなぁと思う。




ひとりごと

今日、会社でいや〜なことがあった。

たま〜にカチンとくることは今までもあったのだけど、今日は自分が体調もイマイチだったこともあって、かなりむかついた。


私はずっと「いい子」を演じてきていたので、どうしても「がまんするくせ」が抜けない。

だって、もう、30年以上連れ添ってきているんだから。(いや、40年近いかも)


そして、「がまんにがまんを重ねて、それが限界に達すると」爆発してしまう。
そのパターンの繰り返しだった。


最近は、けっこう小出しにできるようになったけど、やっぱりまだまだだなぁ〜と感じている。



でも、今回のことで、また一つふっきれた。

「仕事上でも言いたいこと言おう。」

そう決めた!!!



でもね、いいこともあったの。


それは息子たちの存在。


ぐったりして帰ってきて、ソファーに横たわって半分寝ていたら、上の息子は携帯のやりとりをしていたみたいだったんだけど、うるさくないようにマナーモードにして気を配っていてくれた。

それから上の息子を塾へ送り、下の息子のスイミングのお迎えの帰り道、「今日、会社ですっご〜くむかついたことがあった。」と下の息子に話したら、「じゃあ、あれをやればいいよ。この間おかあさんが教えてくれたやつ」と息子がアドバイスをくれた。


先日、息子が「学校でいやなことがあった。」と私に話してくれたとき、「リキャップ」を教えたのだ。


あれを息子は気に入ってくれたらしい。



いままで、一生懸命子育てをしていて、自分がいろいろ背負っているように思えた時期もあったけど、
いつの間にか、息子が私をサポートしてくれるような存在になっていた。

ひとりだと凹むようなことでも、息子がいて、「そんなの気にするなよ。」って言ってくれるだけで、いままでの子育てでがんばった分が自分に戻ってきたような気がして、言葉にできないような幸せな気分に包まれた。


息子たちに感謝


月のフォロー

またまたどなたかのブログ(日記)ネタだけど、ある方が「月のフォローは大事」「月が行き場をなくしていたころは、本当に死んだようだったけど、占星術を知って、月が満たされて生活が生き生きした」という類のことを書いていた。


これを読んで「はっ」としたよ。>私



最近、誰かの日記から啓発されることが多い。



今、腰の治療が佳境(最後の砦)に入ってきたけど、骨盤奥のインナーマッスルにしこりとともにためこまれていたものは、「行き場を失った月」であった。


いや、月というよりも「月と合の火星」なんだけど・・・・・・・



私のネイタルは月が火星と金星と合で、水星と60度というアスペクトを持つ、自分で言うのもなんだが
「豊かな月」である。


月と火星が合であるから、サバサバ、サッパリ、ガサツ、直情型、短気な面があるけど、実はその部分をびみょ〜に封印していたんだよね。


今、腰を解放している過程で気づくことは、このことばかり。


「ああ、火星を出せなかった(出さなかった)から、こんなに足が動かなくなっていたんだ。」と思った。


行き場を失った月が痛むと、私の場合は体に出るのだとしみじみ納得。


本当はどっぷりお母さん(月)である今の時期は、それにからむ金星・火星・水星を徹底的に使わないと・・・・・・・・


金星・水星は使っていても、火星は使ってなかったな。
(たまに使っても、使い方がネガティブか、不健康だった・・・・・・反省)

もっとサバサバばっさり切ってもよかった。
明るい使い方、ポジティブな使い方をすれば、火星はとても効果的。
なによりも自分の感情にストレートに、正直になれる。
(ぢつはそれがじぶんの持ち味でもあったのに・・・・・・それを封印していたら、ちっとも自分じゃないじゃ〜〜ん。・・・・・と)



お母さんだとね、「こんなこと言うのは冷たいかな?」とか思っちゃうの。


だけど、自分的には「(他人はこんなこと言えなくても)私だったらこれを言ってもOK」なのだと理解した。


だって、そういうキャラに生まれてきているんだもん。

そしてそれが「私なりの愛情(意地悪ではなくその人のためを思うゆえの行動)」でもあるんだもん。



今、体を通じて自分を探求中。

小休止

どなたかの占星術サイトで「今週は切り替わる感がある」とかなんとか書かれていて、それを読みながら「自分には関係ない」と思っていたけど、今日、見事に「切り替わった」ことを感じた。


私の場合は、「がんばるのがいやになった。」「がんばるのが面倒になった。」という感じで、山羊座の自分からみたらかな〜り後ろ向きなんだけど・・・・・・(笑)


でも、もう一人の自分が、「うんうん。それはすっごくいいことだよ。」とささやいているのがオモシロイ。



今まで、「がんばることがいいことなのだ。」と教えられて、自分でも「そうだ〜」と思っていたけど、
よくよく考えてみたら、がんばることができたのは「自分がやりたい」とか「おもしろい」とか、「何か目標があるとき」と、「まわりの目を気にしていたとき」のみでした。(笑)


今日、なんとな〜くそんなことを思っていて、「あ〜やめたやめた〜」といろんなこと(この内容はナイショ)を思ったのです。



もっと、らく〜に生きよう。
もっと、たのし〜く生きよう。
もっと、自分のスペースを大き〜くしよう。
どうしたら、自分が幸せで楽しいのか。

何を大事にしたいのか。


そんなことを思い出したのだから、まさに今日は「切替時」だったのですね。

う〜ん。占星術、あなどれましぇん。


追記

どなたかのブログ・・・・・と書いたのは
まやさんのブログでした。

切替時は先週から今週前半でしたね(汗)

でも、たしかに夏至あたりから、自分の気分が変わっていたかも。(週末なのでぼ〜っとしてました。)
はっきり自覚したのは今日でしたが・・・・・・(笑)

反応

プロセス・・・・・というか、自分が取り組むべき課題というのは、日常のいたるところにころがっている。


今回、お中元のバイトを1年半ぶりに再開して、「あああ〜そっかぁ〜。だからこのバイトのお誘いがあったのね」と思うことがあった。
だって、このバイトは当の昔にやめたはずのバイトだったから。

バイト先のある人(以前からの友人)に私はけっこう反応してしまうのだ。
(プライベートでは反応しないのに、仕事になると反応する。)


どうして?


昔は彼女のオーラル性に反応していたと思っていた。(エネルギーすいとられる・・・・・・・)
だけど、オーラルに慣れた(?)現在でも反応するのはなぜなんだろう?
そして、けっこう意固地になっている自分の態度にもう一人の自分が首をかしげている・・・・・・


そして・・・・・・・「あれ?この反応、どこかで・・・・?」とさらに記憶をたどってみる。


そうだ。似たような人をあと2人知っている。


共通する特徴といえば・・・・・・・

よく言えば自分を持っている。悪くいえば頑固。
あんまり人の話を聞く耳もたない。「でも・・・・・」という言葉が多い。
つっけんどん、ぶっきらぼうな態度。

でも、あとは3人それぞれかなり違っている。


さて、私は彼女の何に反応しているのだろうか?



人生って、こんなふうに神様から出された問題とかパズルとかを解きながら一生を終えるのかも


わんこ

犬を飼おうとずっと画策していた。

でも、ただ単に犬だったらなんでもいいわけではなくて、里親募集の掲示板で見つけたブリーダー放棄で下顎が損傷しているチワワンが欲しかった。

毎日毎日彼女に会いにブログに行って、息子たちにも根回しをして、夫にも「ねえ、犬を飼っていい?」と聞いたら、「いいよ」との返事・・・・・・

「やった!」と思ったら、「でも、いつも言っているブリーダー放棄の犬はやめてね。毎日見てるのが辛いから」・・・・・・・・と。


がっくし・・・・・・・・


でも、夫の気持ちもわからないでもない・・・・・と思った。


私は下顎がない(だから、いつもぺろりんと舌が出ている)ことは何とも思わないけど、目が白濁しているわんこはちょっと見ていてつらいと思う。


人にはそれぞれ反応する部分がある。


毎日見てるのが辛かったら、それはお互いの幸せにはならないだろうと・・・・・・・・



ということで、チワワンちゃんはあきらめることに・・・・・・・・(泣)



でも、いつかほんとうにわんことのいい出会いがあるといいなぁ。

何事も慣れ

今週から、以前やっていたお中元の伝票整理のバイトを始めた。

今やっている仕事と掛け持ちなので週5日程度働く予定。

お中元のバイトは「人がいないから」と頼まれたから、助っ人としてなので、まあだいたい週2,3日


いつもの仕事は9時−5時なので、家事を済ませて8時半には家を出るのだけど、お中元は10時スタートなので9時半に家を出ている。

昔、お中元の仕事をしていたときは、9時半までに家事を終わらせることも四苦八苦だったけど、
今は全然平気。

普段より1時間余裕があると、+αの家事ができちゃう(笑)

慣れってすごいなぁ。


昨日は小学校の読み聞かせに行ったので7時50分に家を出たけど(それからいったん家に戻ってバイトに行った)7時50分までに洗濯を2回やって、干すまでは完了していた。

やればできるもんだね。・・・・・・・っていうか、ほとんど慣れだけど。


5月下旬の家庭訪問以来、リビングダイニングはとりあえず、秩序は保たれている。(笑)


師匠のブログで、「家の中の1カ所でも秩序が保たれ続けていれば、それは家全体に影響を及ぼす」ってなことが書いてあったけど、たしかにそうかも〜という気がしている。


それから、もう一つ。


お中元のバイトは一昨年の冬までやっていたのだけど、1年半ぶりに復帰してみて、自分のスタンスというかあり方が以前とは違っているのに気づいた。

言葉にすると難しいけど、今はらく〜に(自然体で)仕事しているって感じかなぁ。

けんかのその後

夫はどう思っているのかわかんないけど、とりあえず、昨日のうちに収まっちゃった。(?)


自分的にはかな〜りさっぱりしたけど、夫自身はどうだったのか?

よくわかんないけど、実は腰は調子よくなった。


たぶん、うずうずとたまっていたのは私のこの吐き出した気持ちだったのかもしれない。


ちょっと今日は気持ちが落ち着いて、夫にメールしようかと思っていたら、ある人が私に告げた言葉で
「やっぱりメールはやめて傍観しよう」と思った。


今まで、人の気持ちを考えすぎて、自分を押し殺してしまうことがけっこうあった。
自分の気持ちを出すことがわがままのように思うことが多々あった。

だけど、昨日以来、腰がちょっと軽くなり、よく動くようになったのを考えると、それは自分にとってはいいことだったのかもしれない。


大好きな宮澤賢治も晩年、大乗仏教を信心していたみたいだけど、大乗仏教の教えはまず自分の利が先にあって、それができてはじめて他人の利を考えてあげることができるという。


私はよくいろんなことに混乱する。

母性と父性、優しいのがいいのか、突き放すのがいいのか。
わがままと自分を大事にすること
人の為にやっているのか自分の為にやっているのか・・・・・などなど。


今回も、夫にぶちまけたことは、私自身の感覚でいうと「わがまま」だった。
だけど、それがわがままではなく、自分を大切にする主張だったのかも?と思えるのは、腰が疼かなくなって、昨日よりも軽くなっていたから。

体に教えて貰ったような気がしている。

破壊

今日、バイオシンセシスに行ってきたら、いろんなものをぶち壊したい衝動に駆られた。

そうしたらタイミング良く(?)夫から電話が入り・・・・・・・


つい、夫との関係をぶち壊してしまった。(離婚か?!)




いろんなことで、自分のスペースを奪われていたように感じ、それは自分が悪いのでもあるけど、
もし、これで(夫との)関係が崩れたら、それはそれで運命だったように感じている。



どうして今まで自分はこんなにもたくさん、自分のスペースを人に与えていたんだろう?


そして、どうして、本当はいやなことをはっきりと「NO」と言えなかったんだろう(たとえそれが夫でも)





夫はちょっとショックみたいだった。



でも、いいや。(自己完結・・・・・・・・苦笑)


言い方

言い方によって、相手の受け取る印象はかなり違ってくる。

実は、今日、車を運転していて、タクシーのおじちゃんに注意された。

・・・・・・・いや、注意されたというと語弊があるので、こう言い換えよう・・・・「タクシーのおじちゃんに教えて貰った。」


ちょっと変則的な道があって、(十字路じゃなくて、5つに道が分かれている)そこを斜めに曲がるのに、私はいつも左折レーンから曲がっていたのだけど、正しくは直進レーンから少し進んで左折だったらしい。

信号待ちをしているときに、後ろのタクシーのおじちゃんが降りてきて、「へっなんだなんだ?」と思っていたら、そのことを教えてくれた。

実はタクシーのおじちゃんは直進レーンから曲がっていたので、私の車が気になったみたいなのだ。



最近、殺伐とした世の中なので、一瞬なんか文句を言われるのかと思ったら、ふつうに「こうなんだよ。」と言われた。

その言い方がとてもすんなりとしていたので、私も「そうだったんですか。これから気をつけます。」と答えて、それでおしまいになった。


そのやりとりがなんかすごく心に残っていた。


私はいままでちょっと殺伐としていたんじゃないかな。

「バカヤロー」と相手を責めたり、なんか言われると応戦したり、必要以上に攻撃的になっていたり・・・・


こんな風に、普通に「こうなんですよ。」と言われたら、こんなにもすんなりと受け取れるではないか。

私もみんなもこんな風な言い方ができたら、世の中がちっとは変わるのではないか。

そしたら、もっと別の、いい感じの世の中になるのではないか・・・・・そんなことを思った。


私はなんだかいつもけんか腰だったよね・・・・・・・反省

自分がやりたかったこと

なんとなくだけど、最近、「そうそう!わたしはこれがやりたかったのよ。」というヒントをたくさんもらっている。

そしてかなりうきうきしているわたしがいる。


そして、そのためにはどんなことが必要なのかもだんだんわかってきた。


先日、「かたくなだと損をするよ」っていうたぐいのことを書いたけど、それは自分自身に向けてのメッセージでもある。


実は、いままで「けっ!」とか思っていた人がいた。


どうもわたしはすぐ優劣を付けたがるのが悪い癖で・・・・・・(汗)


でも、純粋に「これが好きなの、やりたいの」と思ったら、それに対して、優劣つけたり、「こいつには関わりたくない」とか「負けたくない」と変なプライドを持ったりすることは、「あほらしいなぁ」と思う。

なにより、純粋に好きなら、そんな感情は湧いたりしない。


なんかどこかのテレビでやっていたけど、プロ選手がすごく努力しているのを見て、一般の人は「すごいなぁ。自分にはできない。」と思ったりするけど、プロ選手自身は楽しくて、好きでやっているから、努力しているという感覚がなかったりする・・・・・・みたい。


そうなんだよなぁ。


こうやって、自分のいろんな癖や態度に気づいていくのでありました。(笑)


今まではライフスクール一本で、自分固めをしていたけど、もうちょっと違う世界を見てみるのにも、いい時期なのかもしれない。
否定的に見ていた技法や方法の中にも、なにか光がみえるかもしれない。

NEWな整骨院

新しい整骨院を開拓した。

やっていることはわりとふつうなのだけど、いつも行ってるところ以外にもちょっと変化をつけるのもいいかな・・・・・と思って、たまに通っています。

ちょっとそこの院長がファンキーな人で、


初対面のときから、「おもれ〜(おもしろい)」と思っていたけど、今日は、自分の昔のヤンキー話をしてくれた。

わりと最近も武勇伝があるらしい(笑)


そんな些細な日常の会話なんだけど、私はひじょ〜に「おおっ!そうかっ」と思った。


それは何かと言うと、私が「やりたくてもできなかった」部分のことを彼が見事にやってくれていると感じたからだ。


たとえば、私は運転しているとき、運転マナーが悪い人を見ると、車を止めて注意したくなる。
いままでやったことはないけど、見て見ぬ振りする自分がすごくいやだった。

でも、その院長は、(元ヤンキーだったので)、そういう車の前に回り込み、車を止めさせて注意する。

たいていは謝るそうだが、一度、相手が窓を開けた瞬間に殴られたらしい。

不意打ちをくらってどうしたか???と思ったら、自分もすぐ殴り返して、応戦したらしい。

それがいいのか悪いのかは個人の判断によるものだけど、私はある意味、すかっとしたんだよね。

彼はゼッタイに負けない。


私みたいに、往生際が悪く、なんとな〜く歯切れが悪くて終わるパターンなんてゼッタイにない。



そのとき、私は気づいた。


ああ、私のこの心の中の「悶々」のひとつはこれだったのだと。

もともと私は月と火星の合をネイタルに持っていて、実はかなり喧嘩っ早いキャラなんだと思う。


すぐか〜っとなるし、マナーの悪さが許せない。

だけど、弁が立たないので、注意して負けるのはくやしい・・・・・・・・

そして、すっかりそういう火星を封印してしまっていた。


だから、火星ちゃん、苦しかったんだなぁ。




しこり

心と体はつながっている。

最近、最後に残っている腰のしこりについて、「ああ、ひょっとしたらこれかも」という心当たりが出てきた。

そして、その心の部分にアクセスしようと試みている。



自分自身がいろいろ試して、歩んでみて感じるのは、

「がんこ」とか「意固地」とか、「こだわり」とか、そういうものは、ちょっと損だな・・・・・・・ということ。


もちろん、持ち物にこだわるのとか、自分の仕事に対するがんこさとかはあってもいい・・・・・

私が言うのは、「こころの持ち方」について。


上記の3つとも、どうもイメージが堅いでしょ?それはそのまま体の固さにもつながっていくような気がする。


私は昔は、「正直」や「素直」なのは損をする・・・・と思いこんできた。

だから、自分のその要素をなんとなく恥ずかしくて隠そう隠そうとしてしまっていた。

だけど、実はそうではなくて、「正直」や「素直」さを持っていることは、人生の上でかなりお得なことだったみたい。


なんとな〜く今日、そんなことを漠然と考えていた。





先日、私が腰痛フリークしているのを聞きつけたある知人が「いろいろ教えて」と電話をかけてきた。

でも、話を聞いてみると、彼女は「整形外科」限定で、いろいろ教えてほしかったみたい。

レントゲンで骨が曲がっていると言われたから、整形外科限定なんだって。






はぁ〜・・・・・・・・そうですか。

でもね、たぶん、たぶんだけど、腰痛の原因の一部は、あなたのそんな心の持ち方にあるような気がするよ。

そんなことはもちろん彼女には言わなかったけど、何かに「限定」してしまう、そんな考え方が彼女の固さを表しているように思いました。


それは同様に自分自身にも言えること・・・・・・・・なんだけど。

おかあさん業で感じたこと

最近、お母さん業がなぜ疲れる(or辛い)のか・・・・・という自分なりの結論が出ました。

それは、「多様な人間関係に対応しなくてはならないから。」


もし、子供がいなくて、自分(と夫)だけの生活だったら、会社でも、プライベートでも比較的気が合う人とつきあいますよね?
会社で直属の上司とか同僚と気が合わないという悩みもあるだろうけど、「ばかやろ〜」と思い、割り切ることが多少なりともできます。
つきあいも、「ビジネス上だけ」と割り切ることもできます。


でも、お母さんになると、目の前に現れている人が気が合おうと合うまいと、つきあわなければならない必然性がどうしても起こってきます。

そして、占星術でいう太陽(公的な自分)の部分ではなく、月(私的な自分)の部分でのおつきあいだからよけいに辛いと感じるのです。

気の合う仲のいい友達だったら、「AといえばB」というツーカーの答えが返ってきます。

だけど、「A」と発言することに「何それ?ばっかじゃない?」という答えが返ってきたら、ちょっとドキッとしますよね。


お母さん業をやっているとそんなことは日常茶飯事です。


だからこそ、鍛えられるというか、「しっかりと自分の核を持たないと変になりそ〜」と思うのです。


以前の私は、相手のニーズをつかんで、そのニーズの通りに動くのが得意でした。
だからこそ、会社では認められてきたのです。

でも、母の世界では通用しなかった。

Aさんのニーズ、Bさんのニーズ、Cさんのニーズ、これらが90度や180度であったなら、自分はどうすればいいのですか?

そして、結果はこうなります。

「あの人は、こうもりさんみたい。自分の主張がなくて、あっちにもこっちにもいい顔をしている。」と。


さすがにここまでは行きませんでしたが、自分が混乱していた時期を過ごしていたのは事実です。


そして悟りました。


「多少、アクの強い人の方が、『あの人はあんな感じ』と受け止めてもらえるのだ。」と。

こういう言い方をすると語弊があるので、言い換えますが、
「しっかり、自分のやり方、自分がこうすれば居心地がいい、こうするのはいやだ。こういう認識をしっかりともっていること」が大事なんだと思います。


たとえば、子供の友達がうちの冷蔵庫を(勝手に)開けちゃったとき・・・
「おばちゃんちは、聞いてからじゃないと空けられないの。勝手にあけられるのはおばちゃんはいやなんだよね。」ときっぱり言う。

「これはいいけど、これはだめ。」という基準がしっかりしている=自分の核がしっかりしている・・・・・
これが大事なんじゃないでしょうか?

相手のニーズも、「ここまでは受け入れるけど、ここから先はダメ」と。

これは、自分自身の子供にもかなり有効です。
(基準が曖昧だと、子供が混乱しますよね。あのときは何も言われなかったのに、こんかいはしかられたなぜ?????って感じで)




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





思えば私は20代前半までは、ちょっとエキセントリックなキャラで通していたっけ。

30代になって、母=「まともにならなきゃ」と思ったところから、ちょっと掛け違いが起こってしまっていたんですね。





なんだか、ようやく今、螺旋階段を上ったような心境です。

位置的には同じ位置なんだけど、段階は1段上に上がったような・・・・・・そんな感じです。



そしてこういうしんどい時期があったからこそ、そういう時期を真っ向勝負で乗り越えたからこそ、
「子育ていいな」「子育てをすることで、自分が成長できた。」「専業主婦でよかった。」と思えます。

これから、子育てをする人、子育てまっただ中の人たちに、私はこんな風にエールを贈りたい。

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体育祭と練習試合

今日はお日がらもよく・・・・というか、わりかし上のむすこはお天気にめぐまれているようです。

今日は中学校の体育祭でした。

そして、弟くんの方はサッカーの練習試合。


母は両方をはしごして応援。


サッカーの方は、3試合やって、1点も点を与えず、圧勝でした。

お兄ちゃんの方は、まあ、それなりに・・・・・・(笑)


中学校の体育祭は、お昼は教室でお弁当だし、ギャラリーも少なくて、(親は出たり入ったりしてほとんど立ち見)子供が成長するに伴って、こんな風に変化するんだなぁ〜と実感。


一番、気合いが入って、なおかつ疲れたのはやっぱり幼稚園だったな。

まあ、それなりに若いし、子育て歴も浅い時期なので、気合いで乗り切れるんだけど、今からこれをやってっていわれたら、「ムリムリ〜」って言っちゃうかも。(苦笑)


逆行の影響

逆行というよりも、自分がまぬけなんだけど・・・・・・

新月と満月をまちがえた・・・・・

満月恒例の「オサイフふりふり」を昨日やってしまいました。

曇っていたので、満月が見えてない・・・と思ったんだよね。
でも、見えなかったのは新月だったから・・・(爆)


それから、郵便(というかメール便)も不着があった。

近所の人に言われて気づいたんだけど・・・・・・

メール便の仕訳ミスで、どっか違うところにいってしまってたらしい・・・・・・



それは、塾の連絡便なんだけど、ふだんはスルーしてしまうくらいな内容なのに、今回は我が家にとって重要だったの。
だって、その回に息子が塾のクラスの月間MVPに選ばれていたから・・・・・・

同じ塾に行ってる近所のおかあさんに「Tくん、選ばれてたね〜」と言われて、楽しみに待ってたら、待てど暮らせど届かなくて、キリンのようになってた>わたくし

彼女が教えてくれなかったら、メール便が来てることも知らなかったから不幸中の幸いだったけど、
逆行中の象徴的な出来事でした〜。



まったり水星逆行中

水星が逆行してますね。

だからといってそんなに悪いことばかりあるわけではなく、昔やってたことや昔の友人などとのおつきあいが復活したり、なんだか「忘れてたけど、こんなことがあったんだ〜」というふり返りにはいい時期でもあるんです。

そんなわたしは、逆行中は旧友とのランチ三昧


さすがに息子たちが小・中ともなると、働き始めるお母さんが続出し、お母さん同士のつきあいもさら〜っと疎遠になってきます。

だけど、今週から来週にかけて、幼稚園時代のママ友とか読み聞かせのメンバーとかご近所さんとか
なぜか立て続けにランチのご予定が・・・・・・・・・


昔はね、ママ友との距離も密だったので、ランチがど〜も気乗りしない時期もあったの。
(ランチは行きたいけど、そんなに頻繁にはめんどくさい・・・・・みたいな)


でも、なんだか最近は久しぶりということもあるのかもしれないけど、立て続けにあっても一つ一つがなんだかとても楽しみ。

これはひとえに自分の最近の変化とも関係がありそう・・・・・・・

自分が変化してくると、こんなところでも些細な幸せを見つけることができちゃうんですね。


逆行もわるくないぞ〜。
でも、事故には気をつけなければ・・・・・・・・

ゴルフ

職場の人にチケットをもらって、夫も子供もお休みだったので「廣済堂レディス」というプロゴルフトーナメントを見にいきました。

ゴルフ観戦は初めて。

昔、「プロゴルファー猿」という漫画にはまっていたので、ルールはわかる。>わたし

息子たちも、コンピュータゲームでやってるから、なじみがあるみたいでけっこう真剣にみてました。


テレビのゴルフ中継は「なにがおもしろいの?」って感じだったけど、生でみるとおもしろいものだね。

グリーンの芝目とかプロの表情がリアルにわかっておもしろかったよ。


廣済堂は起伏に富んだコースで木陰があったり、ちょっとした観光気分。
お散歩にも最適でした。


自宅から30分程度で行けるところだけど、あんな山道でも渋滞(観戦渋滞)にはまって、行きは1時間以上かかっちゃいました。
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